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印南敦史の「毎日書評」

人とつきあうのが怖い。集団の中で「さみしさ」を感じたときに意識したいこと

author 印南敦史
人とつきあうのが怖い。集団の中で「さみしさ」を感じたときに意識したいこと
Photo: 印南敦史

ひとりの「さみしさ」とうまくやる本』(大愚元勝 著、興陽館)の帯には「老いの孤独に効果テキメン!」と書かれていますが、これは誤解を招きやすいかも。なぜなら、必ずしも年配の方々だけを対象にしているわけではないからです。

事実、「はじめに」の冒頭には「本書は『ずっとさみしさを抱えてままで生きていくのがつらい』という人のために書きました」とあります。

つまり年齢にかかわらず、さみしさを感じているすべての人に向けられているということ。

著者は6年前からYouTubeで、『大愚和尚の一問一答』というお悩み相談番組を続けている住職。

寄せられる悩みの内容は老い、恋愛、結婚・離婚、友人、ジェンダー、仕事、金銭、病気、命など多岐にわたっているそうですが、そうした悩みの多くが、突き詰めていけば「さみしい」という孤独感に行き着くのだといいます。

ただ、それは必ずしもネガティブなことではないようです。

これから「さみしさ」や「孤独」について深く掘り下げてお話をしていこうと思います。

でもその前にお伝えしておきたいことがあります。

それは「自分はさみしいのだ」という認識のある人は、もっとも苦しい局面から逃れることに成功していますよということ。

「私はさみしいのです」と素直に言える人は大丈夫。その言動の後ろ盾となっているのは「希望」です。(「はじめに」より)

こうした考え方に基づく本書のなかから、ビジネスパーソンが抱える悩みにも通じそうな第四章「集団の中でのさみしさを感じたとき」に焦点を当ててみたいと思います。

人とうまく交流するためのコツ

集団生活が苦手だという人がいます。本音の部分では誰だって、気の合う人とだけつきあっていたいものなのですから、決して不思議なことではありません。

とはいえ、社会のなかで生きていくとなるとそういうわけにもいきません。それがわかっているからこそ、集団生活が苦手な人は「このままではまずい」、とはいえ「どうしたらいいのかわからない」と焦りや苛立ちを感じてしまうのでしょう。

著者は、集団生活が苦手な人の特徴として「真面目で律儀である」ことを挙げています。一方、社交的な人は、いい意味で適当。別ないいかたをすれば、社交的な人は、距離感を持って人とつきあうことが人とうまく交流するためのコツだと知っているということ。

いずれにしても、大勢の人たちと同時進行でつきあっていく場合、ひとりひとりと深く関わるのは不可能です。しかも、「人とつきあうこと=仲よくなること」ではありません。打ち解けた関係性を構築する必要はなく、その人との関係性における自分の役割をしっかりとこなせばいいわけです。

ただしドライに捉えればいいというものではなく、抑えておきたいポイントがあるそうです。

それは以下のとおり。

・誰にでもどこへ行っても朗らかに挨拶をすること。

・自分にも相手にもストレスにならない(無理しない、させない)つきあいをすること。

・相手の話を真剣に聞くなど、誠意ある対応をすること。

・笑顔を絶やさないこと。

・自分軸を確立していること。

(109〜110ページより)

自分軸を確立するとは、自分にとってなにがいちばん大切なことなのかがわかっていること。

お釈迦様は、「人生における悩み、不安は、すべて『無明(むみょう)』から始まっている」と説いているそうです。「無明」とは、真理が明らかになっていないこと。

たとえば職場へ行くのは仕事をするためであり、友だちをつくるためではありません。目的は自分が食べていくためなので、集団生活が苦手だなどといっている場合ではないということ。

したがって、(「厳しいことをいいますが」と前置きしたうえで)集団生活が苦手だとぼやくのは甘えだと著者は指摘しています。怖がらずに飛び込めば、孤独は自分の努力不足が引き寄せた現実だったと気づくだろうとも。(108ページより)

なぜ人とつきあうのが怖いのか

除夜の鐘が108回、煩悩の数だけ鳴らされるという話は有名です。

なかでもとくに私たちを苦しめるとされているのが、仏教で「心の三毒」と呼ばれている「貪(とん)・瞋(じん)・痴(ち)」。

貪とは、欲望に翻弄され、際限なくむさぼること。

瞋とは、感情に飲まれ、怒ったり、恨んだり、妬んだりすること。

痴とは、無知であるということ。 (109〜110ページより)

いわば「貪・瞋・痴」は、人が自分の意思でコントロールすることが難しい3つの煩悩だということ。

それだけ世の中に蔓延しているわけで、そう考えると「人とつきあうのが怖い」という人の気持ちも理解できるのではないでしょうか?

しかし、どんな人と遭遇するのも必然だと著者は考えているのだそうです。

たとえばダメ出しばかりする上司がいたとしたら、「なぜこんな嫌な上司の下で働かなければならないのか?」という不満が湧いてくるもの。そう感じるのは当然ですが、不満を抱いたところでなにも変わりません。しかも抗議などすれば、ますます自分への風当たりが強くなってしまうはず。

では、どうしたらいいのか? この問いに対して著者は、「感謝すること」だと答えています。

仏教には「三界に師あり」という言葉があります。

三界とは欲界(よっかい)・色界(しきかい)・無色界(むしきかい)のこと。

ここでは、「この世には嫌なことを言う人もいるけれど、そうしたことに遭遇するのにも意味がある」と解釈してください。(112ページより)

耳の痛いことをいう上司に不満を抱くだけで終わらせず、「得することを見つけよう」という視点を持ってその上司と対峙すれば、「忍耐力を養ってくれてありがとう」「世の中、いろんな人がいると教えてくれてありがとう」というように、なにかしらを見つけることができるということです。(111ページより)

誰の人生も修行の連続。しかし、そのすべては心の平安に到達するための学びだと著者は記しています。日々のさみしさと共存していくためにも、本書を参考にしたいところです。

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Source: 興陽館

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