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「いまこの瞬間」に集中することこそが重要。現代人の悩みは、哲学者がすでに答えを出している

「いまこの瞬間」に集中することこそが重要。現代人の悩みは、哲学者がすでに答えを出している
Photo: 印南敦史

その悩み、哲学者がすでに答えを出しています』(小林昌平著、文響社)の冒頭で、著者はひとつの指摘をしています。紀元前に生きた人も、現代人と同じようなことを望み、同じようなことで悩んでいたのだと。いわば人間は、いつの時代も同じ悩みのまわりを回り続けているのだということなのかもしれません。

人類が3000年も前からいまと同じような悩みを抱えていたのだとしたら、それは同じだけの長い年月をかけ、数多くの賢人がそれらを克服しようと考えてきたということでもあるはず。そして、そのなかでも真剣に悩みと格闘し、もがき苦しんで答えを出そうとしてきたのが、哲学者や思想家と呼ばれる、思考そのものを生業とする人たち。

紀元前528年、釈迦はこの世が生老病死の苦しみの世界であることに悩み、王子という恵まれた家庭環境を捨てて出家、やがて菩提樹の下で悟りを開きます。弟子の女性が幼い息子の死に半狂乱するのを見て、「愛する家族を生きるあてにしてはならない。頼れるのは法(この世の真実)と自分だけである」といって彼女を叱咤激励します。

紀元前399年、古代ギリシャのプラトンは師ソクラテスの突然の死に遭遇し、死ぬ瞬間に師が残した、「真実の幸福を得るためには、肉体を切り離し、魂それ自身となり真実を追求すること」、すなわち「哲学とは生きながら『死ぬことを練習すること』である」という言葉から、自身の哲学を出発させます。 人生をかけて哲学者が導き出した考えにふれることで、私たちの日常の悩みを解決する糸口をみつける。哲学者がその答えに至ったプロセスをたどりながら、哲学に興味をもち、ふだんの思考の枠をひろげてみる。 それが本書の試みです。 (「はじめに」より)

つまりそこから、現代人にも役立つ考え方を紹介しているということ。ビジネスパーソンに直結した「仕事 Work」から、アリストテレスの考え方をピックアップしてみたいと思います。

将来、食べていけるか不安

「このまま仕事を続けていって大丈夫だろうか」 「いつまでこの会社が続くのかわからない」 「先々のことを、もっと考えないといけないのではないだろうか?」

毎日、そうした悩みを抱えながら会社に勤めている人は決して少なくないはず。将来への不安があり、いまから計画的に行動しようと考えている人もいるかもしれません。しかし将来を案じ、その計画を細かく詰めたところで、本当に心配は解消できるのだろうかと著者は問いかけています。なぜなら、将来なにが起こるかは誰にもわからないから。

ではどうすれば、「将来食べていけるだろうか」という心配を払拭することができるのでしょうか? この問いに対し、「将来の目的や計画をいったん忘れ、いまこの瞬間やりたいこと、やるべきことに集中せよ」と説いているのがアリストテレスなのだそうです。

アリストテレスは「将来の目的を最優先にした行為」を「キーネーシス(運動)的な行為」と呼び、一方で「将来の目的を度外視し、今この瞬間に集中する行為」を「エネルゲイア(現実活動態)的な行為」と呼んで、次のように言っています。

「快楽は本来、『活動(エネルゲイア)』」にほかならず、それ自身目的(テロス)なのである」(『ニコマコス倫理学』)(21ページより)

「キーネーシス的な行為」とは?

著者によれば、アリストテレスの言う「キーネーシス的な行為」は、「目的が今の自分の<外>にある行為」と言い換えることができるのだそうです。たとえば、いまの自分の楽しみを犠牲にして、将来の自分のために備蓄をするような行為。

この「キーネーシス的な行為」こそ、計画的で、将来への不安を減らすものではないのだろうか? 逆に「エネルゲイア的な行為」は、刹那の快楽に任せ、その瞬間その瞬間に生きるために、将来に不安を積み残すものではないのか? そう感じた方もいるかもしれません。

ところが、実際はその逆だというのです。

「エネルゲイア的な行為」とは「今、自分にとって楽しく充実しているという状態」がそのまま「すでになしとげた成果」になることだ、とアリストテレスは言います。 たとえば、大事なプレゼンを控えて、最初こそ恐れをなしていたけれど、無心で準備にとりくむうちにおもしろくなってきて、夢中で資料を完成させたら、プレゼン後に絶賛を受けてしまったとか。 あるいは、好きな異性に対して、ただ相手を楽しませたいと思って自分もデートを満喫していたら、いつのまにかいい雰囲気になっていた。そういった経験はないでしょうか。 これこそが「エネルゲイア的な行為」のふしぎです。目的を度外視してプロセスにのめりこむことが、(それとは逆の)「目的達成を優先する思考」が追い求める「よい結果」を、あくまでも結果的に、みちびいてしまう経験なのです。(22ページより)

「キーネーシス的な行為」のように、最初からいい結果を狙う、目的から逆算していまやるべきことをやるのは、賢いように見えて、実は「いまこの瞬間」に没頭していないだけ、「いまこの瞬間」に没頭している人よりもパフォーマンスが落ちるのは、よくある話だと著者はいいます。

錦織圭のケース

たとえばいい例が、2014年の全米オープン決勝で敗退した錦織圭選手。「準決勝まではテニスを楽しんでいたけれど、決勝では勝たなきゃと思ったら力んでしまった」というコメントは示唆的だというのです。

結果はどうあれ、無欲にプロセスの作業を楽しむ。手抜きをせずに、一生懸命楽しみきるという人にこそ、高いーー時には最高のーーパフォーマンスが生まれ、自然と結果がついてくるのです。いい結果とはプロセスを楽しんだおつりのようなものです。(23ページより)

とはいっても、打算的でない、少しも結果を考えない、などという人はいないはず。いい結果を期待する考えや、「あわよくば成功したらいいな」という欲は人間にはつきものなので、頭のどこかに置いておけばよいというのです。

しかしその一方で、そんな下心をどこかに置き忘れ、「いま・ここ」のプロセスを楽しみ尽くしてみることが大切だという考え方。

目的重視の「キーネーシス的思考」とプロセス重視の「エネルゲイア的思考」、その両者をバランスよく発揮させること。それは現実的には最もいい活動の仕方だというのです。

自分が向いていると心から感じられる作業に全力で打ち込み、充実した手ごたえを感じながら毎日を生きている人を、世界が放っておくことはないでしょう。そう言う人がおのずと放つ魅力を目にとめる人があらわれ、次なるオファーをくれるものです。(23ページより)

もちろんそれは、保証されているようなものではないでしょう。しかし、「いまの自分自身が目的である」というようなエネルゲイアな生き方こそ、偶然にさらされ、明日をもわからない人間がいまを生きるうえで最も正しい「賭け」なのだと著者は言います。

長い目で見れば、1日1日、「いまこの瞬間」に熱中し没頭している人は、無軌道に見えて、翌日にもきっと、その輝きを目にした誰かからの縁に恵まれるだろうというのです。

エネルゲイア的に日々をつないでいけば、「将来食べていけるだろうか?」というような不安は、自然と解消されていくもの。すなわち、やるだけやったら、次があるということ。(18ページより)




こうして見てみると、難しそうに思える哲学者の考え方が、意外なくらい現代人の日常生活に直結していることがわかるはず。だからこそ、悩んでいることがあるなら読んでみるべきではないでしょうか。

Photo: 印南敦史

印南敦史

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