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日常をポジティブに変えるために必要なのは「本番力」をつけること

日常をポジティブに変えるために必要なのは「本番力」をつけること
Photo: 印南敦史

日常をポジティブに変える 究極の持久力』(鏑木 毅著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)の著者は、28歳でトレイルランニングを始め、群馬県庁で働きながら、アマチュア選手として数々の大会に出場し優勝。その結果、40歳でウルトラトレイル・デュ・モンブラン(以下、UTMB)で世界3位の記録をマークし、プロ選手になったという異色の経歴を持つプロトレイルランナーです。

なお、そのような知識や経験から、ひとつ確信していることがあるのだといいます。それは、筋力や瞬発力の衰えは避けられなくとも、「持久力は何歳になっても向上できる」ということ。

私は49歳になった今、プロのトレイルランナーとして現役生活を続けています。この間、持久力を伸ばす方法を徹底的に探求し、実践してきました。

そんな私には今、大きな目標があります。それは50歳になる来年、再び世界最高の舞台UTMBにチャレンジすることです。

適切なノウハウを身につければ、50歳でも老いることなく結果を出すことができる。これを自ら証明しようというわけです。

これは世間一般の価値観に、大きく逆行する考え方といえるでしょう。しかし、従来の価値観に振り回されているばかりでは、可能性は生まれません。スポーツに打ち込み、目指す結果を得ることは、決して若い世代だけの特権ではないはずです。

本書では、私は今日まで体験的に身につけてきた、若返りと持久力アップのメソッドを解説していきます。それは末長くスポーツを楽しむことに役立つのはもちろん、皆さんの仕事や日々の生活においても、ポジティブな影響をもたらしてくれるでしょう。(「プロローグ」より)

きょうは、そんな本書の第4章「本番力をつける」に焦点を当ててみたいと思います。

追い込まれた状況を徹底的にシミュレートする

勝負というのはなにごとも、「事前の準備」と「本番力」に左右されるもの。とはいえ事前準備を万全にこなすことができたとしても、蓄えた力を肝心の本番で発揮できなければ意味がありません。

そこで、これまでのレース経験から感じ得た、私なりの勝負に勝つ強いアスリートの条件があります。それは、競技を問わず全体の「3分の2から先」の世界を、リアルにイメージすることです。(125ページより)

3分の2から先とは、100マイル(160キロ)を走るトレイルランニングでいえば、「100キロを越えた先の状態を、どれだけ細かく想像できるか」なのだとか。

実際のレースでは、スタート時にどれだけ好調だったとしても、後半に差しかかると全身が悲鳴をあげる過酷な状態に陥るもの。トレイルランナーは常に、ギリギリの極限状態まで追い込まれながら走っているということです。

しかし、そうした後半の極限状態を事前にシミュレートできていれば、少なくとも想定外の事態に直面して戸惑うことはなくなるはず。後半から終盤にかけての、もっともつらい時間帯を正確かつリアルに想像できていれば、それを乗り越えるためにどのような準備をすればいいのかイメージできるわけです。

そして経験を積めば積むほど、その精度は上がるもの。そして、ひとつひとつのレースを経験として財産にするためには、ゴールした後に「ああ疲れた」で終わるのではなく、できるかぎり細かくプロセスを振り返ってみるべき。

・終盤に差しかかったとき、自分の身体がどんな状態に陥っていたか?

・どのようなコースをどのくらいのペースで走り、それは果たして適切だったのかどうか?

・自分はレース中、何を予想外と捉え、その瞬間に何を考えていたのか?

(126ページより)

このように、振り返って認識すべきポイントは、ひとつのレースのなかに山積しているというのです。相違した経験を積み重ねていくと、やがて自分になにが足りていないのかを考えながら走れるようにもなるということ。振り返りによって課題をあぶり出し、その解決策を練ることで、アスリートは強くなっていくわけです。(124ページより)

勝ち負けの先にあるものを見すえる

これまで世界の最高峰であるUTMBに何度も挑戦してきた経験から、著者はトップ選手たちにはある共通点を感じているのだそうです。それは、「実力者ほど、周囲を威圧するようなオーラを発していない」ということ。彼らが発するオーラはとても自然であり、強い意気込みを感じさせるタイプの選手はあまり見かけないというのです。

もちろん「絶対に勝つ!」という決意や、「自分は強いんだ」という暗示が自らを鼓舞し、プラスに働くこともあるでしょう。しかし、競技の前からエネルギーを発散しまくっているような選手は、いくらかのエネルギーを無駄に消費してしまっているように感じられてならないというのです。

どれだけ強い思い入れがあったとしても、本番にエネルギーを無駄なく注ぐことができなければ本末転倒。つまり、自然体でリラックスしている選手のほうがよほど怖いということ。

私が親しくしている選手のひとりに、アメリカのスコット・ジュレクがいます。彼もまた、威圧感とは無縁のトップ選手です。

そのジュレクにあるとき、「君がこうしてレースに挑み続けているモチベーションはなんだい?」と聞いてみたことがあります。

ジュレクは世界の名だたる大会を制した名選手ですから、てっきり「自分の力が世界一であることを証明したい」といった言葉が返ってくるのだと思いきや、そうではありませんでした。

「世界中に友だちをつくりたい。それが一番だね」

彼いわく、人生は一度きりで、アメリカに生まれた自分が普通に暮らしていれば、生涯をかけて出会える人数など知れたもの。ところが、トレイルランニングを続けていることで、祖国アメリカの外へ出て、さまざまな人々と交流する機会が生まれる。それも、いずれ本来なら出会うことのなかったはずの人々で、その縁によって自分の人生はハッピーになるのだとジュレクは言うのです。

その言葉を聞いたとき、彼の強さが少し理解できた気がしました。(140ページより)

スコット・ジュレクは勝ち負けを第一に考えているのではなく、「その先にあるもの」を見据えて走っているのだということ。走ること自体に価値を見出しているからこそ、強いメンタルを持ってレースに臨むことができるというわけです。(138ページより)

緊張を味方につける方法

レース前、とりわけスタート直前には誰しも緊張するもの。もちろん適度な緊張はパフォーマンスを発揮するために必要ですが、過剰に体が張り詰めた状態では、十分な動きは見込めません。

しかし緊張というものは、意思で制御できるものではないはず。そこで大切なのは、緊張状態をコントロールして味方につけること。過剰な緊張を適度な緊張に和らげ、力を出す材料にするわけです。そのためには、いまその状況を楽しむ視点を持つことが、なによりの方法。

緊張を無理にほぐそうとすると、かえって焦りの源になってしまうもの。だったらその緊張を受け入れ、硬くなっている自分を認めたうえで、「走りながらどんな景色が見えるんだろう」「仕事でこのプロジェクトが終わったら、自分はどのくらい成長できているだろう」などと、前向きになれる方向に自分を誘導してみるべきだというのです。

私の例でいえば、自分がこれまで積んできたトレーニング内容を思い返しながら、それがどのくらいの結果につながるのかを検証しようという、科学的な視点に切り替えてみると、意外とすっと気分が落ち着くことがありました。

この場合、もし今ひとつ記録が伸びなかったとしても、そのときは「あのメニューが良くなかったのかな」などと、反省材料のあぶりだしに直結するため、さほど落ち込まずに済むメリットもあります。

きっと、皆さんにも自分なりの“緊張のいなし方”があるはず。それを見つけるには、場数を踏むしかありません。(143ページより)

緊張すると自分がどのような状態に陥り、パフォーマンスにどう影響するのか、失敗を重ねながら、常にそれを探ることを意識し、次への財産にすべきだという考え方。(142ページより)




身体のつくり方はもちろんのこと、食事法、リカバリーの仕方、果ては楽しく年齢を重ねるためにすべきことなど、他にもさまざまな角度から考察がなされています。広い視野でものごとを捉えているだけに、日常をポジティブに変えるために大切な多くのことを吸収することができるでしょう。

Photo: 印南敦史

印南敦史

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